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好きな映画を語るpt59 [映画]

みなさまこんばんわ。だんだんこちらの地域も暖かくなってきて、過ごしやすくなってきました。まだ春っぽさはありませんが、もうじき春がくるな〜という感触はあるかんじです。ん〜、雪はもうほとんどないですね、先月のあの雪かき労働が結構大変だったことを考えると、いまはほんと天国のようです。では、本日は映画を一本ご紹介します。

人間蒸発 [DVD]

人間蒸発 [DVD]

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こちらの作品は、1967年公開の「人間蒸発」という日本映画です。監督は、あの巨匠、今村昌平監督でございます。この作品は一般的な劇映画ではなく、つまり創られた脚本があり、それを役者さんが演じるというたぐいのものではぜんぜんありません。ある(実在する)32歳の営業マンの男性が失踪してしまった。彼には婚約者がいた。その婚約者が今村監督と、俳優の露口茂さん(太陽にほえろのヤマさんですぞ!)とで、彼はどこにいってしまったのか?失踪の謎に迫るいわゆるドキュメンタリー映画といっていいとおもいます。映画の画面には、婚約者の女性(早川佳江さん)と露口さんがでてきて、失踪してしまった男の関係者を訪ね、いろいろ聞き込み調査をするんです。男の勤めていた会社の人のところへいき、その会社での勤務態度など、失踪直前の行動記録など、いろいろ暴かれていきます。しかしこの調査がかなり「え?やりすぎじゃない?」っていうくらいいろんな人に聞き込みまくってて、むしろ婚約者の佳江さんは、知らなくてもいい事実までしってしまうことになるのです。そして佳江さんはかなり動揺し、狼狽します。つまり失踪した男の女関係が、いろいろ暴かれて、佳江さんと露口さんは、その男が昔つきあっていた女性にまで逢いにいき、しかもその男の子供を身ごもったというとんでもない事実までしらされるのです。プライバシーにかなり踏み込んでいます。この映画。登場する人物に目が隠れるように映像上処理はされたりしてますが、かなりえぐいとおもいます。今の時代なら声にもきっと処理を施すでしょう。しかしこの映画では目を隠すだけです。しかしこの映画、途中からある変化を求めます。変化を求めるのはもちろん、今村監督です。突然スタッフや、露口さんをあつめて、今村監督が提案します。「いまのままだと、たんなる捜索映画なんだよな」といいだします。もちろんこの話し合いの様子もフィルムにおさめ、画面にでます(今村監督も画面に登場します)。「もっと情念の世界にこの映画を持ち込みたい」といいだします。ここからこの映画の様相ががらっと変化していきます。いままで失踪した男という画面にでてこない人物を中心にうごいていた映画を、画面にでている佳江さんに、フォーカス(軸というんでしょうか)をうつし、映画が展開していくことになります。今村監督はあることに気づいたんです。「佳江さん、露さんのことをすきになってきてるんじゃない?」これにたいして露口さんもかなり動揺した様子で「そんな気がぼくもしていたんです」と。佳江さんにそのことを聞くと、「気持ちは露口さんに傾いていて、大島(失踪した男の名前)のことはどうでもよくなりかけてる」と告白する。ここから映画にかなりの迫力がでてきます。佳江さんという画面に出ている人物の心の動きに焦点をあてはじめてから、展開が変わってきて、さらに新しいとんでもない事実がでてきます。なんと佳江さんの姉と大島に関係があったという仮説です。佳江さんの姉(サヨさんという)に逢いにいき、事実確認をしにいく。姉は芸者をやっていて、おそらくいろんな人の2号さんをやっていたとおもわれる。そしてこの早川姉妹の壮絶な憎しみあいが、フィルムにおさめられてしまうことになります。
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(左)佳江 (中央)露口茂 (右)サヨ
この映画をみてまず、今村監督はいったい、なにがしたかったんだ?とぼくはおもいました。というのは、監督はこの映画を途中で「情念の世界に持ち込みたい」といった。なぜそのような提案をしたのか?とおもったんです。つまりドキュメンタリーなのに「やらせ」っぽいとおもわせる舞台裏をわざわざ観客にみせたわけです。そしたら皮肉にも映画がだんだんおもしろくなっていったんです。それでぼくはおもったんです。「ドキュメンタリーもフィクションなんだよ」と。これはかなり矛盾したことをいってるとおもいますが、この映画をみて、カメラの前にたつと、どんな人も演じるのではないかとおもったんです。そういう人間の心理を、この映画はみごとに捉えたのではないかとおもいます。つまり監督はこの映画で、大島を見つけようとおもってるわけでもなく、早川佳江を助けようとおもってるわけでもないんです。偽りのないものなどない、ドキュメンタリーだとしても。ドキュメンタリーというと、さも事実をありのままに映し出すかのようにおもわれるが、いやそうではない、カメラの前にたつとみんな演じるんだと。映画の終盤で、たびたび監督が、「これは映画ですから」と叫びつづけます。しかし早川姉妹、および、その関係者たちは、議論、口論しつづけます。ぼくらが普段過ごしてる世の中にも今村監督がいう、「フィクション」がたくさんひそんでいるはずだとぼくは確信しました。そしてこの映画こそがほんとうのドキュメンタリーであり、フィクションなのではないかとさえ、錯覚します。

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好きな映画を語るpt58 [映画]

あけましておめでとうございます。2011年ですな〜。ついこのあいだ2010年が幕をあけたとおもったらもうはや、2011年も幕をあけ9日がたってしまいました。つい3日ほど前に、朝食を食べようとおもったら、うちの父親が突然、「お前の今年の抱負をいってみろ」といわれ、びっくりしました。いままでそんなことをいわれたことが一度もなかったので、「は?」なんでそんなこと口にだしていわなきゃなんないんだ?と反論しましたけど、なんかおもしろかったので、口にだしていってみました。あ〜(笑)というわけで、今年もよろしくおねがいします。それでは新年は映画の紹介ではじめてみたいとおもいます。では。

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おかあさん

これは「おかあさん」という作品で1952年(昭和27年)の作品です。監督は成瀬巳喜男、主演は田中絹代。ほか香川京子、岡田英次などが出演。あとこの作品は児童(小学生?)の作文をベースにして脚本家の水木洋子さんが脚色したとても珍しい作品です。それではあらすじへ。
時は戦後復興期の日本。貧しさがただよう町並み。福原一家は戦災で、以前家族で経営していたクリーニング屋を焼きだされてしまっていた。父親の福原良作(三島雅夫)は工場の守衛をやり、母親の福原正子(田中絹代)は露店で飴を売り、長女の年子(香川京子)も同じく露店で今川焼き、アイスキャンディーを売って、クリーニング屋の復活のためにがんばっていた。そしてがんばりのかいあって、以前のクリーニング屋を再開することができた。家族はほかに、年子の妹の久子、あと正子の妹の則子(中北千枝子)の子で、哲夫という小さい子供をひとり預かっている。そして病気で寝込んでいる長男の進(片岡明彦)がいる。長男の進の体調がよくないので、療養所へおくることとなった。しかし、しばらくして電報がくる。「すすむ、りょうようじょを、たっしゅつする」。これをうけとりほどなくして、進が家に突然あらわれ、正子、良作は驚く。進はおそらく自分の死期を予感し、療養所ではしにたくなかった、だから脱出したと思われる。そして「かあちゃんのそばで寝たい」と正子に言い、そのまま死んでしまう。そしてほどなくして、父の良作も病にたおれ、クリーニング屋がやっと再開できたところに不幸がつづく。父はねたきりになり、仕事ができなくなった。そのかわりに、父の弟子だった木村(加東大介)が助っ人でやってくる。木村は、戦争中シベリアで捕虜だったこともあり、年子らから「捕虜のおじさん」と命名される。そんな戦後復興期の貧しさのなかで、母正子は、子供たちを世話し、クリーニング屋を一生懸命切り盛りしていく。

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この作品になにかしらの感動をおぼえた男子諸君がいたら、あなたは「マザコン」です(笑)。いや嘘です。いやほんとです。ん〜、マザコン度数をはかる格好の作品ではありますね、はい。田中絹代にしがみついて死んでいった長男進はまぎれもないマザコンですよ。でもね、わかるんですよ、母親って偉大な存在だってことを。この作品をみて、ぼくはほんとに感動しましたね。あとこの作品にでている役者さんのみなさんの清潔な、誠実な、ほんとにぴーーんと皺のない白いワイシャツのようなすがすがしいお芝居がほーんとすばらしい!田中絹代さんしかり、香川京子さんしかり、久子ちゃんにてっちゃん、に加東大介さん、岡田英次さん、みんなほんとにいい顔してるんですよ。礼儀正しくて、誠実で。現代がわすれてしまったものがこの時代にはのこっていたんですね。ほんとにすばらしい映画です!まだみたことないかたはぜひご覧になってください。マザコンは決して恥ずかしいことではないとぼくは思っています。

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好きな映画を語るpt57 [映画]

どうも、こんばんわ。秋の夜長、いかがお過ごしでしょうか?最近ほんと涼しくなりましたですな。いや〜過ごしやすいね。でもまだアイスコーヒーを飲んでます。ホットはまだ飲んでないな〜。いつごろホットにシフトしていくのでしょうか?と、まぁ〜どおでもよい話をしたところで、今日は映画について語ろうかと思います。では・・


台風クラブ [DVD]

台風クラブ [DVD]

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今日は、日本映画「台風クラブ」について語ろうと思います。じつはこの映画、以前、本ブログでとりあげたことのある映画なんです(好きな映画を語るpt44参照)。なぜ再び同じ映画を語るのかというと、昔みたときわからなかったこの映画の「素晴らしさ」が、最近見直して、とみにわかるようになったからです。以前ブログで取り上げたときの内容が、今見直してみて、非常に薄く、あまり語りきれてないと感じたからです。それと、もう一つ。じつはこの映画の本物の台本を某オークションで、手にいれたのです。これです。
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じゃじゃ〜ん!まじ「モノホン」ですよ!出品されたときに、すぐに落札しました。価格は?とききたいでしょう。ふふふ、内緒です。安くないです。普通のひとなら躊躇する価格です。ですが自腹きって、落札しました。それでいざ本が手元に届いて、読んでいくと、まぁ〜すごいんです。映画と照らし合わせてみると、いろいろな発見があるわけなんです。では、つらつらと語っていきましょう。あっ、あらすじは、ぼくの以前のブログをみていただいてくださればよいかとおもいます。今回は内容しか話しません。では。まず最初にこの作品を見直して、「いい!!」とおもったのは、カメラワークです。相米慎二といえば、ワンシーン、ワンカットで撮影をする、いわゆる「長廻し」の監督として有名ですが、もちろんこの作品も「長廻し」のシーンが非常に多いです。そして、どれも素晴らしい「長廻し」だとぼくは思います。たとえば、恭一が朝、理恵と学校に一緒に行くため理恵の住むアパートまでむかえにいくところです。理恵の「おはよう!」というかけ声からはじまり、階段をおりて、恭一の待つ団地の公園までいき、そして、二人は手をつないでバス亭へむかう。ここまでとても長いシーンなんですが、すべてワンカットで撮ってます。このカメラワークがとてもみていて気持ちいいです。そして絵的にもとてもいいんです。躍動感があって。

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ふたりのじゃれあうシーンなんかもとても演出的によくて、あ〜うまいなぁ!っておもいます。恭一と理恵がじゃれあうシーンは本編にいくつかあるのですが、すべて台本にはぜんぜんないので、即興でつけたセリフだったり、演技だったりするわけです。これが監督の演出なんだな、とおもうと相米さんすごい!って感動します。これは台本をよんではじめてわかったことです。

そして台風クラブといえばこのシーンを語らずにはいられません。

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台風で帰れなくなくなり、学校に取り残された6人の生徒。そのなかの一人、健が、美智子を執拗に追いかけ回す長いシーンです。健は美智子のことが好きなんです。でも美智子は健のことを避けている。健の胸のうちの訳の分からない感情が溢れ出し、美智子にそのエネルギーをぶちあてようとする、この映画のひとつのハイライトです。このシーンはほんとに素晴らしいです。カメラ、演出、役者の芝居、どれもが神がかってます。カメラは、健の目線、美智子の目線、両方をちゃんととらえ、それを長廻しで、撮影していきます。この緊張感は長廻しでないと、でないものだとおもいます。台本では、あまり緻密には書いてありません。必要なト書き程度の描写です。

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健の「好き」という感情がどうして、ああいう形になるのか?まさに言葉にすることができない感情を映像で相米さんは表現してみせたのです。これぞ「映画!」だとぼくはおもいます。職員室の壁を外からひたすら蹴りつづける健。「おかえり、おかえりなさい、ただいま」とつぶやきながら(このセリフも台本にはありません)。そして壁がどんどんこわれていく。美智子は職員室のなかのドアを閉めて、ひたすら耐えている。そして最後には美智子は健に体をはがいじめにされ、ブラウスを引きちぎられる、そして健は自分が負わせた美智子の背中の傷をみて、泣き叫ぶ。なんとすごいシーンだ!

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相米さんは、結構役者に、音楽にあわせて踊らせるシーンをよく撮っている。この台風クラブもそうだ。この写真では、バービーボーイズの「跳んでみせろ」という曲を流し、生徒たちはただ踊りだす。
映画の冒頭でもプール脇で踊るシーンがありますね。この映画では4曲の挿入曲が使われています。先に述べた、バービーボーイズの「跳んでみせろ」。プールサイドで踊るシーンでは、同じくバービーボーイズの「暗闇でダンス」。そして、由美、みどり、泰子が、数学の授業をさぼって演劇部の部室で時間をつぶすときの音楽で、いまでは懐かしい、もはや忘れられている感が否めないP.J.&cool runningsの「Feel no way」。そして体育館で、6人の生徒がストリップダンスをするときに流す曲、これもP.J.&cool runningsの「Children of the world」という曲。どれもとても映画を効果的に盛り上げています。

そしてもうひとつぼくの好きな長廻しのシーンがあります。

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それは、恭一が自殺する直前のシーンです。みんな教室で寝ているとき、恭一は教室の隅でひとり、寝ずに、空中を見つめている。そして机を積み上げて、自殺するための踏み台をもくもくとつくりあげるのです。これはワンシーン、ワンカットで撮影されています。この一連の恭一の芝居はすごく好きです。セリフは一言もありません。ただじっと思索にふける顔をし、そしてあるときフッ切れて、もくもくと机を積み上げていきます。そして踏み台が出来上がってほっと一息つく、つかの間のシーンが上の写真です。そして寝ているみんなに宣言します。「みんな、みんな」「これからいいものみせてやるから、起き上がってよくみてくれ」「死は生に先行するんだ」「死は生きることの前提なんだ」といって、窓から飛び降ります。この三上くんの芝居、鳥肌ものです。

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真っ逆さまにおちて、地面に上半身が埋まり、足だけがとびでている「あれ、なんかの映画でもこんなシーンみたな」とおもわせるユーモアなのか、マジなのか、といういわくつきのシーンです。これで、ほんとに恭一が死んだのかどうか?というのは映画の本編では詳細は語られていません。想像に任せるという形になってます。ぼくはこれはこれでいいとおもいます。死んだかどうか?ということよりも、なぜ恭一が死のうとしたか?ということのほうが、この映画では、大事なようにおもえます。
と、まぁ〜好きなことをつらつら語りましたが、この映画、まじで好きです!何度もみてます。何度見ても飽きません(こういう言い方すると、誤解されるので、「自分の場合は」と付け加えます)。この映画、東京国際映画祭、ヤングシネマ部門のグランプリをとった映画なんですよね。つまり客観的にも非常に評価された映画なわけで、ぼくはとてもうれしいです。でもこの映画、はまる人はぼくのようにすごくはまるとおもうんですが、はまらない人は、みてもぜんぜん良さがわからない映画ではないかなとは思います。ようは癖がある映画なんですよね、これ。話に起承転結がとくにある訳でもないからね。でもこれは映画でなきゃ表現できないことがたくさん詰まった映画だとは断言できます。台風というモチーフに、思春期の子供たちの妖しい感情を重ねあわせた、というところがとても素晴らしい視点だな〜とおもうわけで、脚本もかなり優れていると思います。相米さんのインタビューでも、映画を言葉で説明するのは虚しい。映画は映像で語るものだ。という言葉があります。まさにそうだと思います。そんな基本的なことを見失ってはいけないと、ぼくはこの映画を見続けるつもりであります。

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好きな映画を語る。pt56 [映画]

こんばんわです。最近たばこをやめました。っていうかまだ3日しか禁煙してないですが笑 さぁーいつまで続くことやら。ということで、本日は映画を紹介しようと思います。では・・
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午前中の時間割り

「午前中の時間割り」という映画です。1972年公開のATG配給の作品です。監督羽仁進。この作品は前にちょろっとブログで紹介したことがあるんですが、そのときは、この作品で使われている音楽だったんで、今回は映画本編をご紹介。それではストーリーなど・・
高校3年生の山中玲子(シャウ・スーメイ)は、今木草子(国木田アコ)と一緒に出かけた旅行の帰りだった。しかし、帰りの電車は玲子一人。なぜなら草子は旅で死んだから。彼女が死んだことを、親友で、同級生の下村(秦野卓爾)に伝える。そして2人は草子と玲子が旅で撮った8ミリの映像をつなげ、映画を完成させようと試みる。下村は玲子のことが前から好きである。現像があがった8ミリの映像を2人で観ていると、草子と玲子の裸の映像が出てきた。下村は動揺した。玲子の裸を2人以外の誰かが撮影したと思ったからである。下村は「だれが撮影したんだ?」と問いただすも、玲子は、「自動撮影よ」と嘘をつく。実は旅の途中で沖(沖至)という、かつて自衛隊でラッパ吹きをしていた男と出会っていて、その事実を下村はあとに知る。そして8ミリの映像は、3人の時間を映し出し、草子の死は一体なんだったのかが、その映像から探り出されていく。
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この作品、100分のうち、半分以上が実際に8ミリで撮影されたシーンで占められています。たわいもないやり取りがそこに映し出されています。おもに草子がふざけている場面が多いです。なんかそこに「リアル」がうっている気がぼくはします。十代の苛立ちとか不安とか。ぼくが好きなシーンは、学校でのシーン。先生は一生懸命話しているのに、生徒は、ざわざわと私語をしていて、まるで話を聞いてない。しかし先生は額に汗流し、話をする。でも生徒は私語をやめない。たぶん普通の感覚でいったら、非常に行儀の悪いシーンだとおもうかもしれませんが、ここに羽仁進の教育観がでているなぁと思い、ぼくはとても感心しました。学校は生徒を支配するところではない。生徒は自由であるべきだ!というメッセージがぼくには聞こえてきます。そしてとても共感しました。あと、やっぱり音楽がいいです。荒木一郎のプロデュースで映画をとてもノスタルジックに飾っています。聞き所は、メープルリーフの映画のタイトルそのまんまの「午前中の時間割り」という曲のアコーステックバージョンです。喫茶店のシーンでちらっときけて、それがとてもかっこいいです!しかしこの映画、羽仁進の作品のなかでは駄作扱いなのが、気に入りませんね。いやこれは傑作ですから!
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好きな映画を語る。pt55 [映画]

こんばんわです。寒いです、雪も降りました。雪や寒さにも懲りずに自転車に乗ってます。もう意地ですね(笑)しかし自転車に乗っていると手がもうものすごく寒いんです。近々手袋でも買おうかなと思っています。はい。では・・・今日は映画を紹介しようかなと思っています。よろしくです。

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エレンディラ

この映画は「エレンディラ」という映画で、1983年公開で、フランス・メキシコ・西ドイツ合作です。監督はリュイ・グエッラというブラジル人です。この映画には原作がございまして、原作がノーベル賞作家ガルシア=マルケスの中編小説「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」です。そしてなんとこの映画の脚本もガルシア=マルケスが手がけています。ではストーリーへ。
エレンディラ(クローディア・オハナ)は14歳。祖母(イレーネ・パパス)と二人で、辺鄙な砂漠の真ん中にぽつんとある屋敷に暮らしていた。エレンディラは祖母の身の回りの世話などをするのが日課で、食事の支度や祖母をお風呂にいれてあげたりと、まるで祖母のしもべのように祖母から扱われていた。そんなある夜のこと。そとは風が強い日だった。睡魔に悩まされながら仕事をしていたエレンディラは、やっとのおもいで、仕事をし終わり、火のついた蝋燭台をもって自分の部屋へと帰った。そして火のついた蝋燭台をナイトテーブルに置くやいなや、ベットに倒れ込んだ。そして悲劇は起こった。強い風のせいで、エレンディラの部屋のカーテンは激しく揺れ、火のついた蝋燭台とカーテンが接触し、カーテンは瞬く間に火で燃え、そしてついには屋敷全部を炎で包み込んでしまった。夜が明けると、大粒の雨が落ち始めていた。おかげで、火は消え去ったが、屋敷は焼け跡に変わり果て、あらゆる家財もみんな焼け焦げてしまった。これに怒り狂った祖母は14歳のエレンディラに償いをさせようとする。それはどのような償いかというと、売春をして、お金を稼ぎ、失った財産分のお金を返せ、という非情なものだった。

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まず、エレンディラ役のクローディア・オハナのエキゾチックな魅力あふれるその存在感に心が奪われる。そしてイレーネ・パパス演じる、凄みのある祖母との掛け合いがとても絵的に美しい。これはキャスティングがすばらしく成功している証だと思う。全体的にとても世界観の構築がうまくいっていて、まぁ~ガルシアマルケスが脚本を自ら書いているから、というのではないけど、いい意味で、小説に忠実だなと思った。具体的にどういった世界観かというと、砂漠が舞台ということもあって、なんか世紀末感っていうのかなぁ、なんかそういう終末感みたいなものが画面にただよっていて、そういうところがすごく気に入った。そしてお話もテンポよく進むし、見ていて心地よかった。ぜひよかったらみてほしいなぁと思います。そしてもしよかったら小説と一緒に見るととてもいい感じです。しかしこの作品もあんまりお見かけしない作品ではあります。ぜひもしみる機会があったらみてみてください。それでは。

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エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)

  • 作者: ガブリエル ガルシア・マルケス
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1988/12
  • メディア: 文庫



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好きな映画を語る。pt54 [映画]

こんにちは。今月の19日に、映画監督でCMディレクターでもある市川準さんが59歳という若さで亡くなられました。このニュースをきいて驚いたかたも多いと思います。ぼくも大変びっくりしました。倒れられたのが深夜まで作業中だった映画の編集のあとの出来事だったそうです。それで今日は市川監督の映画を追悼の意味もこめて紹介しようとおもいます。この映画はぼくが中学生のときに観たとても大好きだった映画で、同時に市川準という名前をしるきっかけにもなった作品です。それではどうぞ。

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つぐみ


この作品「つぐみ」は1990年公開の映画で原作が吉本ばななの同名小説「TUGUMI」、主演は牧瀬里穂です。この作品で牧瀬里穂はたくさんの新人賞をとって、当時ものすごい脚光をあびていたことを思い出します。それではあらすじなどへ。
山本つぐみ(牧瀬里穂)18歳。西伊豆にある旅館の娘で、生まれつき身体が弱く、余命もそれほどないと医者に宣告されている。それゆえつぐみはいつも厭世的は目をし、行動や発言にも絶望的なオーラをだしている。つぐみには従姉妹がいる。名はまりあ(中島朋子)といって、高校生までは一緒に伊豆に暮らしていたが、大学進学と父親の諸事情により、東京に引越しをし、今はつぐみと別々にくらしている。そんなある夏の日、まりあも大学が夏休みというので、つぐみは電話で「あいかわらずバカそうだな、どうせすることないんだろ、かえってこいよ!」という。それでまりあは数日間伊豆にかえることにした。伊豆についたまりあはなつかしさをかんじながら、つぐみとつぐみの姉、陽子(白島靖代)と3人で、おだやかな日々を過ごしていた。そんなある日、浜辺でまったり過ごしていると、一人の青年恭一(真田広之)とであい、つぐみは恋をする。しかし以前からつぐみに好意をいだく不良グループの一人とそのメンバーたちは、恭一に暴行をくわえ、つぐみたちの愛犬をも殺してしまう。

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この作品はいっろんないいところがあってなにから言えばいいのだろうかとおもう(笑)まずなんといっても牧瀬里穂の絶望的で、毒舌全開なキャラクターは最高である。子供を蹴っ飛ばすシーンは何度みても最高!あとまりあの存在もこの作品において重要というか、作品に奥行きをだしてる要素だと思う。つぐみはすごい個性的で、エキセントリックなのとは対照的に、とてもごく普通ないわゆる観客目線の人物として描かれている。それがよりいっそうつぐみの味を引き出しているんだとおもう。あと伊豆ののどかなシーンもとても美しく、とくに海のシーンなんかは潮風が匂ってくるような錯覚に陥るくらい、伊豆にいきたいな~とおもわせるような、なんか伊豆にいけばつぐみが歩いてるんじゃないかと思わせるような。いわゆるただきれいなシーンというだけでなく、なんか親しみをかんじさせるような撮りかたがされててとてもいい。あとやっぱ全体的に役者さんの演技があざとくないのがいいね。う~んこれは大事だな。あと音楽も控えめなんだけど印象にのこるというか、映像を邪魔しない程度に、素敵に飾っているかんじがする。というわけで、ざ~っと自分がいいなと思ったことを書きましたが、この作品DVDになってないんだよね、これが。ぜひDVDを発売していただきたい。この映画はほんと傑作だとおもうから。市川監督、やすらかにお眠りください。






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好きな映画を語る。pt53 [映画]

おはようございます。ひさびさにギターでも弾こうとおもって、ひっぱりだしてきてひいてみたんですけど、へたすぎて笑った。いや~なにこのへたさは!ってある意味べつの感動がありましたね。やっぱ楽器はブランクがあると一気にひけなくなることを身にしみてかんじました(あ~ちゃんと練習しよ)。つ~ことで今日は映画を紹介しようとおもいます。では。

ヒポクラテスたち

ヒポクラテスたち

  • 出版社/メーカー: ジェネオン エンタテインメント
  • メディア: DVD


この作品は『ヒポクラテスたち』といいまして監督は大森一樹で、1980年公開のATG配給作品です。主演は古尾谷雅人です。ではあらすじとか。
洛北医科大学に在籍する荻野愛作(古尾谷雅人)は最終学年である6回生である。愛作は今、卒業1ヶ月後にひかえて行われるポリクリといわれる臨床実習を6人のグループでやっている。ポリクリとは、6年生が卒業後に何科にすすむかを選ぶ際にあらかじめ一通りの科を体験実習するといったもの。ポリクリの仲間にはいろんなやつがいる。野球選手にほんとはなりたかったけど、なれなくて医学部にはいった王(西塚肇)や、妻子供がいる加藤(柄本明)、ただ勉強だけはまけたくないという意地だけで医学部にはいってきた優等生のみどり(伊藤蘭)、親が医者で、自分も、という河本(光田昌弘)など。ある日愛作は恋人の順子(真喜志さき子)から妊娠したといわれる。避妊法の試験では満点をとる愛作だが、現実では・・愛作はほんとに妊娠したのかを確認するため、ポリクリの産婦人科の実習のときに診察室から妊娠検査薬を盗み出す。そして実際検査薬をつかって調べてみるや、結果はばっちり妊娠していた。そして2人は堕胎の道をえらぶ。そんな愛作を中心とした医学生の仲間たちのほろ苦い青春群像をみずみずしくえがいていく。

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この映画最初みたときは、さほど感動はしなかったんだけど、見終わってから、またみたくなってまたみたんです。そしたらまたしばらくしてみたくなってまたみたんです。なにがこうひかれるのかなぁ~とおもって考えてみると、登場人物がみんな真面目なんですね笑 。今の時代って真面目とかだとある種バカにする傾向があるじゃないですか、「ださい」みたいな。それにそってこの映画をみるとみんな全員「ださい」んですね笑。でもほんとみんな真面目。みんな医者になることについて真剣に悩むんですよ。「自分には人の生だとか、死だとかに携わる資格があるのかしらって思うのね」っていう勉強がただ出来るというだけで医学部にきたみどりのセリフがあるんだけど、なんかいいなぁ~って俺は思う。この作品はね、ほんとどんな医療を舞台にした作品よりも医療問題の深刻な現状をすばらしく描きだすことに成功してます。必見です!

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好きな映画を語る。pt52 [映画]

どうもこんにちはです。やっぱり寒くてジャンパーとか着るようになりました。べつにやせ我慢してたわけではないんですが、どうも厚着っていうのが苦手で、いつも身体が身軽なほうが好きなんですよ。だから冬はそういうところがやですね。コーディネート的には夏が最強です。だってジーパンにTシャツでOKだから。とにかく身軽でよい。ということで、今日は映画を紹介します。
                                                     
大地の子守歌

この映画「大地の子守歌」は、1976年公開の日本映画で、監督は増村保造、主演は原田美枝子。その年の映画賞を総なめし、主演の原田美枝子は数多くの主演女優賞を獲得した、いわゆる名作。それではあらすじなどへ。
四国の石鎚山(いしづちやま)という山奥に住む13歳の少女りん。りんは自分を拾ってくれた婆さん(りんは『ばば』といっている)と2人でくらしている。そう、りんは捨て子で、両親はいない。ある日、りんは元気いっぱいにうさぎ猟から帰ってきたら、家にいるばばが声をかけても反応がない。りんは、ばばの身体をさすったりして、必死にばばに話かけるが、それでもぴくりともせず、りんはついにばばが死んでいることを理解する。勝気で強情のりんは、このばばが死んだことによって、自分が弱者の目で村人からみられるのがいやで、必死にその死を隠そうとする。しかしそれもばれてしまい、りんは村人からリンチ行為をうけてしまうはめに。そしてとうとう一人になったりんは、またいつものようにうさぎを獲りにいき、家でうさぎ汁をつくって食べていた。するとそこに1人の男が訪ねてくる。それは親切そうな顔をした男で、「島へ働きにいかないか?」と口説く。りんは頑なにその誘いを拒むが、ついに男の「海をみてみたくはないか?」の誘いにとうとうりんは島へ奉公しに行く決意をする。なぜならりんは海をどうしてもみたいという願望をかねてからもっていたからだ。そしてその働き先とは売春宿だった。。

まずなんといっても、原田美枝子が素晴らしすぎる!演技力がどうのこうのというレベルではなく、まさに体をはった芝居に、こちらが感動しないわけがない!わめき散らすりん、折檻をうけ、血をながしながらも耐え抜くりん、そして人からの優しさを受け、それに心から感謝をしめす素直なりん、どのシーンをとってもりんの「生きる」という力をまざまざとみせつけられる。そしてぼくはショックで呆然としてしまった。あぁ~りんはなんて輝いているんだろう。そして生きることはなんてつらくて美しいんだろうと。今の時代、つまりモノであふれ、消費に血道をあげる世の中、この映画から忘れかけているものを思い出せるのではないかと思う。生きるとはなにか?無傷で生きる人生は人生ではない。そんなメッセージが声高に聞こえてくる。




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好きな映画を語る。pt51 [映画]

おはようございます。金木犀の匂いがそこらじゅうにたちこめてくると、秋がきたんだな、って感じずにはいられないんだぜ。それにしても金木犀はいい匂いですね。ぼくは個人的に好きです。それでは今日は映画を紹介しましょう。

銀座化粧

銀座化粧

  • 出版社/メーカー: Cosmo Contents
  • 発売日: 2007/08/20
  • メディア: DVD

銀座化粧(ぎんざけしょう)という作品で、監督は巨匠成瀬巳喜男です。1951年の公開。主演は田中絹代です。ではあらすじへいきます。
主人公雪子(田中絹代)は、別れた男とのあいだにもうけた息子(7歳くらいかな)春雄と一緒に、暮らしている。住まいは、長唄の先生をしているお方の家の2階を間借りしていて、夜になると、銀座のbar、ベラミーというお店へ女給の仕事にいく。舞台は戦後まもない東京の銀座で、まだ貧しさがそこらじゅうに漂っている。ゆえに雪子は自分ひとりの生活を支えるだけでも大変だというのに一人の子供までかかえて、2人分稼がなくてはいけない状況にあった。そんな大変な事情をしっている友人の静江から、妾の話までもらう。そんなある日のbar ベラミーでは、お店が閉店だというのに、なかなか帰らない客がいた。話をきけば、お金をもっていないと。でももうじき友人がくるからお金を払えるという言葉を信用し、雪子はその客と一緒に別の居酒屋へいく、そしてその友人を待つことにした。待ってもなかなかこない中、客が突然トイレにいくといって、席をたった隙に、雪子はその客に逃げられてしまった。雪子にはお人よしな一面があり、客の飲んだ分は自分のお金で借金するという始末。そんな彼女が戦後混乱期の東京、銀座で颯爽と生きていく姿が淡々と綴られていく。


まずなんといっても、当時の東京の風景や人々の様子がまさにドキュメンタリーを観るかのように、強いインパクトで目に飛び込んでくる。銀座の街に路面電車がはしっていたり(省線電車っていうんでしたっけ?)、また街の隅々に長屋なんかが立ち並んでいたりするのをみると、これだけで、かなり歴史的価値のあるフィルムだなぁ~とおもったりする。要は、都会的な部分と田舎的な部分がいいバランスで街並みを形成していて、ついついその雰囲気全体に見とれてしまうということです。作品的には、暗いはずの社会背景に反して、とても軽やかで、明るく仕上がっていて、観ていてとても心地がよい。さすが成瀬監督!といった感じです。主人公雪子を演じた田中絹代が、息子の春雄を思いやるという、「母」の一面と、出会った男性を好きになってしまう、といった「女性」という一面の両面をうまく演じ分けていて、ほんと素晴らしい女優だなと関心する。地味ではあるが(というのはあまり美人ではないという意味で)、奥が深い。そんな演技の出来る数少ない俳優だったのではないでしょうか。うん、この映画は成瀬映画の数ある傑作の中の1本として数えてもよいのではとおもいます。それでは。


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好きな映画を語る。pt50 [映画]

おはようございます。梅雨いりしたとかしないとか、いってますが、梅雨らしい天気ではないですね。沖縄とかは一生懸命雨が降ってるからそうではないけど・・空梅雨ってやつですか?ん~わかんない、どうでもいいや。では映画の紹介をしたいとおもいます。


妻は告白する

「妻は告白する」という映画です。この映画は前回と同様、増村保造監督で、主演は若尾文子(あやこ)、1961年の作品です。ではあらすじへ。。
3人のパーティが、ある山の岩壁を登山していた。大学の薬学部の教授滝川とその妻彩子(若尾文子)、そしてもう1人普段から滝川教授にお世話になっている製薬会社の社員幸田(川口浩)。3人が1本の同じザイル(いわゆる命綱)でつながっており、それをたよりに、険しいほぼ直角の岩壁を3人で登っていた。すると滝川教授が足を滑らせ、それにつられて、妻の彩子も滝川が落下するその重さで岩壁にかかっていた手足がはずれ、幸田以外の2人が宙吊りになってしまった。そしてそれを幸田が1人で必死に支えている。状態としては、幸田が上でザイルを持ってささえ、そのしたに彩子、そのしたに滝川教授と2人が宙吊りになっている。彩子は上をみれば、幸田がもう苦しそうにザイルを握り締めている。したをみれば、夫は宙にういて、なんとか助かろうともがいている。そこで、彩子が行動にでた。なんと自分と夫をつなぐザイルをナイフできり、夫だけを転落させたのだ。そして幸田は彩子をひっぱって、宙づり状態から足場のある岩壁へと身をおくことができ、結局滝川教授は死んで、2人だけが助かった。その後、彩子は故意にザイルを切り夫を殺したのではないかという理由で、告発され、法廷にたつことになった。彩子はなぜ夫と自分をつなぐザイルをきったのか?そして真実の告白が妻の口から語られることになる。


この作品はよく増村保造の代表作として、また主演をつとめた若尾文子の代表作として、紹介されたりする作品です。そしてこの映画は法廷シーンがメインで、どんどん話が進んでいきます。ぼくは若尾文子という女優のすごさがこの映画にものすごい凝縮されていると思っています。法廷で追い詰められていくんですが、それに立ち向かう姿勢がもう女という生き物の本能まるだしです。こんな色っぽい女優さん、ほかにいません。あっ、僕の中で若尾文子は、色気とエロスをかんじさせる女優、邦画史上No1です。この人にかなう人は(今も含めてもちろん)いないでしょう。とにかくこの映画をとった増村監督は、60年代というあの時代の若尾さんがあってこその偉業だったのではないかとおもっているのではないでしょうか。とにかく素晴らしい映画です。



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※増村監督が自作について語った文をのせます、とても素晴らしい内容です。

    『妻は告白する』自作を語る。

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